人材育成のためのPDCAサイクルの回し方
2016年7月29日(金)
※追記 2020年6月10日(水)
人材を得て、育成することこそ会社の将来を創る投資です。それだけに時間や労力や費用など多くのリソースをかける価値があると言えます。しかし、人を育てると言うのはそれほど簡単なことではありません。何も知らない子供を教えるのとは違い、既にたくさんの勉強や人間関係を築いてきた大人をあらためて育成するのですから、効果的な教育をしないと戦力となる人材を作り上げることは難しいでしょう。そこで、ポイントになってくるのがPDCAサイクルと呼ばれるものです。そもそもPDCAサイクルとは何でしょうか? また、どうすればこのサイクルを上手く回せるのでしょうか?
PDCAサイクルとは?
1.PDCAサイクルの概要
PDCAサイクルとはPlanのP、DoのD、ChackのC、ActのAの略語で、(Plan)計画し、(Do)実行し、(Check)評価し、(Act)改善するという意味で幅広い分野で活用されています。今回はこの4つのサイクルを教育の柱とし、しっかり回すことによって人材育成を図るポイントを紹介します。
先ずPDCAの4つの柱に注目してください。この4つは、「考える」事と「行動する」事の2つから成り立っていて、ステップの流れは「考える」→「行動する」→「考える」→「行動する」という順番になっています。つまりPDCAサイクルは、常に考えて行動する人材に育てる方法と捉えてください。しかも言われたから考え、言われたから行動するのではなく、自ら自主的に考え、自ら自発的に行う人材に育てる事がPDCAサイクルを活用した教育の最大の目的です。
2.PDCAサイクルの成り立ちと現在
PDCAサイクルは、アメリカの統計学者ウイリアム・エドワーズ・デミング博士が1950年代に品質管理の基本的な考え方として提唱したフレームワークです。主に製造業における不良品の発生防止、品質維持のために用いられました。日本では西堀栄三郎氏が戦後から精力的に導入し、2000年前後から文部科学省が教師の育成や授業に導入したり、ビジネスでも管理手法として広く活用されています。現在ではPDCAサイクルの欠点を解消するモデルとして注目されるOODAという手法と比較されることが多くなりました。OODAは「Observe(観察)」「Orient(状況判断)」「Decide(意思決定)」「Act(行動)」を繰り返す手法でウーダと呼ばれます。OODAは不確実で計画の立てにくい状況に適してして変化に対応しやすいフレームワークですが、厳密に計画を組んで実行に移さなければならない現場には不向きな面もあり、目的や環境によって使い分ける必要があります。いずれの方法を導入しても成功する場合もあり失敗する場合もあり、次からPDCAサイクルが失敗する原因と対策のポイントを紹介していきます。
PDCAサイクルで陥りがちな失敗パターン
1.Planが適切でない
育成計画を立てる段階で大事な事は、現状把握と目標設定です。育てる社員の強み弱みをキチンと掴み、その社員の①何を(項目)、②いつまでに(納期)、③どのくらいのレベル(目標値)まで育てたいのかと、目標設定することがPlanで重要なポイントです。ところがこれらを曖昧にしたまま…いつから、誰が、何処で、どれぐらい時間かけて…と、指導方法を決めてしまうケースが良くあります。仮にお客様との交渉力が課題の社員を育成する場合、3ケ月(納期)で20%スキルを上げる(目標値)のと、1ケ月で20%上げるのでは指導方法が変わって当然です。つまり目標を明確に設定してから④どのようにと考えるべきで、どのようにが目標達成の方法=計画です。従って目標を明確にしないまま先走って計画を作ると、指導がチグハグになり効果が上がりません。
また目標を決める時は、目指すレベル(目標値)に特に注意を払う必要があります。目標値が高過ぎると部下は、はなから諦めムードになり、逆に低過ぎると「この程度なら」と甘く考え熱が入らなくなります。従って育てる部下の現状レベルをキチンと把握した上で目標値を決める必要があります。もう1つ気をつけるべきポイントはスケジューリングです。部下が抱えている仕事の質と量を把握して育成計画や指導スケジュールを作らないと、仕事との板挟みから「ムリを押し付けられて」と“やらされ意識”になり、計画通りに事が進まなくなります。まとめると第1ステップのPは「考える」事ですが、何からどのように考えるかを誤ると、次の(Do)実行段階でつまずいてしまいます。
2.Doのみをし続けている
ところが事が何であれ、良く考えずに行動ありきの人もいます。その理由を人間の本質的なところから紐解くと、それは人が習慣の生き物だからです。人は誰であれ、ある一定期間おなじ行動を繰り返すとやがて習慣として認識し、別段考えなくても同じ行動を取るようになります。これは実に素晴らしい能力で、早起きやランニングなど様々な良い習慣を続ける力となります。しかしこの同じ能力が、時として考えずに何となく行動するという悪い習慣を強化してしまう反面があります。従って日頃から行動ありきの人には、「考えること」を習慣になるまで繰り返し貰う必要があります。そしてPDCAサイクルを回すためには、「考えること」と「行動すること」が一体化するまで繰り返し、これを良い習慣にする事が重要になります。
考えずに行動ばかりが多くなるのは、上司の仕事の与え方にも問題があります。例えば部下に、「これを、こうしてください」とPDCAサイクルのD(Do)だけを、ひたすら言うようなやり方です。問題点は指示の出し方で、具体的に言えば言うほど部下はあまり考えずに仕事をするようになります。また例え“良かれ”と工夫して行っても「余計なことをして」と、怒られたらどうでしょう。そのうち言われたことだけをキチンとやればいいというスタンスになってしまいます。こういった繰り返しから、考えるというプロセスを踏まなくなり「考えないこと」が習慣となり、気が付けば消極的で指示待ち人間になってしまう事もあります。従ってこうした事態を防ぐためにも、上司は部下に考えてから行動させるような仕事の与え方をしなければなりません。
3.Checkが十分に行われていない
(Check)評価で1番気をつけなければならないのは、主観か客観かでしょう。人は誰でも感情があるので、どうしても評価に主観が入り込む場合があり、「ハロー効果」や「イメージ考課」がその代表的なものです。例えば挨拶や礼儀が良い、学歴や実績が高いなど、目立った良い点を見ると実際より高く評価したり、逆なら低く評価したりと、印象や先入観で判断してしまうことはないでしょうか。また、「対比誤差」…評価者自身と比較し、自分の得手は厳しく、不得手は甘くみてしまう事はないでしょうか。そして極めつけは好き嫌い評価です。これらは人事考課の中で代表的な悪い例で、主観が色濃くなると適切な評価とは言い難くなります。従って、客観的な事実に基づく検証が重要になります。
この事実に基づく検証の基本は学校の教育課程に入っていて、誰もが既に学んできています。例えば…小学校で生き物が育つ状況を検証する時は、教員が子どもたちに測定させたり、中学校の実験や研究なら変数から確率を出して良し悪しの評価をしてきています。従って特別難しい事ではなく、事実を数字で捉える事がポイントです。ただしこれは意識して取り組まないと、主観に走ってしまいます。また評価で何を重視するかは、評価する人の考え方ひとつで大きく左右されます。そこで、あらかじめ評価項目を決めウエイトづけをし、評価を受ける人に納得できる説明をしておく必要があります。また状況によっては1人だけの評価ではなく、複数の人が評価する事でかたよりを出来るだけなくすなどの仕組みづくりが(Check)評価の段階で大切です。
4.PDCAが繰り返されていない
本来PDCAは、繰り返す事で効果が上がっていきます。しかし繰り返しが足らずに直ぐ終わってしまう事もあります。それは今まで挙げた失敗パターンの中に原因がありますが他に大きな原因が1つあります。それは上司が何を重視するかです。仕事の品質や結果を重視するか、部下の品質やプロセスを重視するか…この違いです。例えば部下に業務効率を上げる事を仕事として与えたとします。与えられた部下はPDCAにそって業務フロー、作業方法や使用するツールを何度も工夫して試しては(Check)を繰り返し、期待通りの改善が図れたとしましょう。これは仕事のPDCAサイクルを繰り返した成果でしょう。しかしその部下が途中途中の報連相をおろそかにし、自分本位で仕事を進めてたらどうでしょう。
仕事の品質や結果ばかりを重視する上司なら、途中の報連相の問題は軽く注意するだけで済ませたり、スルーする事もあるでしょう。また仮に部下の品質改善のためにPDCAサイクルを活用しようとしても、いずれかのプロセスが抜けたり一度回しただけで終わりがちになります。部下の中には仕事のPDCAサイクルを繰り返すことで自らの課題も改善していく人も居ますが、それは一部の優秀な人で次のような人が多いのではないでしょうか。①自らの課題さえ分かっていない、②分かっても直そうとしない、③直そうとしても続かない。例えば、話しベタが分かっていても、自ら計画立てトレーニングを繰り返す人はどれだけいるでしょう。また試みても続かない人が多いでしょう。従って上司が積極的にPDCAサイクルを育成に活用していく必要があります。
PDCAサイクルを回すために上司が教育で意識したいポイント
1.効果的な質問をする
PDCAサイクルの大きな特徴は「考える」事と「行動する」事です。前述したように上司が部下に仕事を与える時、指示を具体的に言えば言うほど部下は考えなくなります。では上司は、どうすれば部下にもっと考えさせられるようにする事が出来るでしょうか。もっとも簡単で効果的な方法は、部下に質問する事です。質問されれば誰でも答えようと考えます。但しこの質問の仕方も2つあり、その違いを押さえておく必要があります。1つはオープン・クエスチョン(Open qestion)、もう1つはクローズド・クエスチョン(Closed qestion)です。オープン・クエスチョンは幅広く答えられる質問で、クローズド・クエスチョンは逆に答える範囲を限定した質問です。
例えば部下に業務効率を上げる事を仕事として与えるとします。その際に「先ず業務フローの見直しから手をつけるか、つけないかどう考えますか?」と、このような質問がクローズド・クエスチョンです。この質問は、二者択一なので「どう考えますか?」と聞かれても考えずに「つけます」と、答える部下もいるでしょう。従って部下に考えさせるためには、オープン・クエスチョンを多く使う方が効果的です。つまり「先ず、どうしますか?」と、簡潔に大雑把な質問する事がポイントです。このような質問には、いかようにも答えられるのでそれだけ幅広く考えようとします。また未熟な考えが出ても苛立たないようにしたり、ユニークな発想や良い改善策には誉めることも大切で、内容がどうであれ肯定的に部下の考えを受け止める姿勢が大事です。
また1つの行動が終わった後、どんな点が良かったか、どんな点を改善すべきか、何故そう思うかなどを尋ねることも有効で、1人1人が考えて行動するよう促すことが出来ます。このように質問を上手く用いる事によって、PDCAサイクルを回させる事が出来ます。
2.相手が考えられるようにフォローする
PDCAサイクルを回そうとするあまり、そして部下に考える力をつけさせようとするあまり、新人に「考えて、考えて」と、せっついても、そもそも考える材料(知識)が乏しく良いアイデア求めるのは酷な要求です。新人は、会社の方針や実態また取引先や業界の状況、さらに仕事の専門性や各セクションとの関連など、知らない事ばかりです。そこで仕事を与える時にも補足説明するなどの配慮が必要です。
新人の指導は、上司や先輩が現場で一緒に仕事をしながら、良きモデルを示すのも基本の1つでしょう。ただしこのOJTの基本は、見たり聞いたりしながら仕事を「覚えること」が主な目的で、「考えること」が目的ではありません。そこで先輩や上司は説明するだけでなく、適度に質問してください。「君なら次は何をする?」とか、時には失敗談を語り「君ならどうしてた?」と、常に当事者になって貰う質問を続けると、自ずと考えるように導く事が出来、また学習効果も上がります。
部下に対する適切な教育でPDCAサイクルを自ら回せる状態へ
PDCAサイクルを繰り返す事は、なぜ大切なのでしょうか? それは社員1人1人が自分で考えて局面を打開したり、問題を解決したりする力を身に付けるようになるからです。その力によって仕事の回転率が良くなったり、様々な有益なアイデアが出やすくなったりと、業務改善や業績向上に反映されて行きます。しかし、このような状況を実現するには一朝一夕では出来ません。育成には時間が掛かります。ところが物事が何であれ、スピード重視で事を進める人もいます。事前に検討を重ねるより、やりながら考えて臨機応変に対応…これを良しとする「拙速主義」の人です。このスタンスは緊急対応で有効ですが、人材育成ではどうでしょうか。会社に将来ビジョンや中長期事業計画・年度、月次目標などがあるならば、教育計画も同様ではないでしょうか。育てたい社員の将来像を描き、目標と計画をキチンと作る事から始め、教育はロングスパンで継続的に取り組んでいく事が必要ではないでしょうか。そのためにも先ず教育担当者や上司が、良きモデルを示す事が必要でしょう。自らの教育計画をキチン立て、自ら実践する姿勢を部下に見せる事が部下育成の第1ステップとなります。第2ステップは部下の課題を改善する教育計画を立て、PDCAサイクルを繰り返し回し改善を図りますが、成果が表れてもこれで満足しないでください。最後の第3ステップがあります。今度は部下に自分の課題解決のための計画を立てさせてください。そして実施したら自己評価させ、更なる改善をさせてください。このように部下が自らPDCAサイクルを回す事を繰り返すようにマネジメントをしていけば、言われなくとも自ら自主的に考え、自ら自発的に行う人材に育つようになっていきます。